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山形地方裁判所 昭和52年(ワ)172号 判決

原告

斉藤健

被告

草苅庄市

主文

1  被告は原告に対し一、八八〇、五八一円及びこれに対する昭和五一年一一月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその他の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その他を原告の負担とする。

4  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は原告に対し一五、八八五、五三五円及びこれに対する昭和五一年一一月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  原告の請求の原因

(一)  被告は昭和五一年四月一四日午後六時四〇分頃原動機付自転車(以下「加害車」という。)を運転し、山形県東根市大字東根丙七五番地先道路を東根市大字六田方面から村山市大字楯岡方面に向けて進行中、前記道路を歩行横断していた斎藤民雄(以下「民雄」という。)に加害車を衝突させ、同人に対し脳挫傷、急性硬膜下血腫の傷害を与えて意識を喪失させ(以下これを「本件事故」という。)、によつて同年一一月一六日同人を死亡させた。

(二)  被告は本件事故当時加害車を自己のために運行の用に供していたものである。

(三)  民雄の相続人は妻斎藤スケ、長男原告、長女高橋百合子、二女富岡和子、二男斎藤隆雄、三女本田優子、三男斎藤通明、四男斎藤和明であるが、原告を除くその他の相続人は相続放棄をしたので、原告が民雄を単独相続した。

(四)  本件事故によつて民雄に生じた損害は次のとおり合計二〇、九五六、〇三五円である。

(1) 医療費

二、〇七一、九五七円

昭和五一年四月一四日から同年一一月一六日まで山形県立中央病院に入院して治療を受けたことによる医療費三、七〇四、二二〇円のうち国民健康保険の給付金外に負担し、支払した一、〇七一、九五七円及び自賠責保険金のうち保険会社から直接国民健康保険の所轄庁である東根市に支払われた一、〇〇〇、〇〇〇円の合計。もし仮に東根市に支払われた右一、〇〇〇、〇〇〇円の分の請求が理由なしとすれば、その同額を民雄の傷害による慰謝料として請求する。

(2) 付添人費

八一二、三九〇円

前記入院期間の二一七日間、一日三、〇〇〇円(日当二、〇〇〇円及び食費一、〇〇〇円の合計)の割合による付添人費の合計六五一、〇〇〇円及び補助付添人費一五〇、〇〇〇円並びに付添人寝具代一一、三九〇円の合計

(3) 入院雑費

一〇八、五〇〇円

前記入院期間中一日五〇〇円の割合による入院雑費

(4) 補給栄養食費

五四、〇〇〇円

特に重傷であつたので前記入院期間中一日三〇〇円の割合による一八〇日分の補給栄養食を必要とした。

(5) 輸血のため献血者に対する礼金

一三、〇〇〇円

献血者四名分

(6) 入院中の通信費

四〇、〇〇〇円

(7) 入院中の交通費

八二、二〇〇円

手術(二回)の立会、付添、輸血等の所用のため自宅、病院間の近親者らの往復タクシー料金七、二〇〇円及び月二回入院費支払等のため往復自動車ガソリン代、日当等七五、〇〇〇円の合計

(8) 事故相談等に対する礼金

五〇、〇〇〇円

(9) 禁治産宣告申立費用

五五、〇〇〇円

民雄が本件事故により心神喪失者となつたのでその禁治産宣告申立に関し、診断書代金五、〇〇〇円、精神鑑定料二〇、〇〇〇円及び弁護士報酬三〇、〇〇〇円の合計五五、〇〇〇円の費用を出捐した。

(10) 休業・死亡による逸失利益

五、五〇八、四一六円

民雄は本件事故による受傷により意識を失つて回復しないまま死亡したが、明治四三年一〇月二八日生れの健康な男子で、原告方の総合食料品店の商品管理、整理、客の応対などの労務に従事していたところ、受傷当時六五歳であり、就労可能年数六年である。賃金センサス(平均給与額表)昭和五〇年産業計、企業規模計、小学・新中卒六〇歳以上の男子の月平均給与額は一〇九、六〇〇円であり、一日平均は三、六〇三円となるから、生存中の二一七日間の休業損害額は

3,603×217=781,851(円)

となる。また、民雄死亡後得べかりし利益の喪失による損害額は生活費を収入の三〇パーセントとしてホフマン式計算法によつて計算すれば、

(109,600×12-109,600×12×0.3)×5,134=4,726,565(円)

となる。そこでこの損害金額の合計は五、五〇八、四一六円である。

(11) 年金喪失額

四、一六〇、五七二円

民雄は毎年九〇三、〇〇〇円の年金を受領していたが、死亡により半額となるところ、その後の平均余命は第一三回生命表によると一二・五〇年であるから、これをホフマン式計算法によつて計算すれば、

903,000円×0.5×9,215=4,160,572(円)

となる。

(12) 慰謝料

八、〇〇〇、〇〇〇円

民雄は長男である原告と同居し、原告の営む一般総合食料品販売業の商品の管理等の労務に従事していたものであるところ、本件事故によつて意識を失い、これを回復することなく植物人間となり、遂に死亡するに至つた。これらによる民雄の慰謝料は八、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五) 原告は民雄の死亡により同人の前記(四)の損害賠償債権合計二〇、九五六、〇三五円を相続した。

(六) 本件事故によつて原告に生じた損害は次のとおり合計五、七九九、五〇〇円である。

(1) 寝台車料金

一一、二五〇円

民雄が死亡後同人を入院先の病院から自宅まで運んだ寝台車の料金

(2) 休業損害

四五〇、〇〇〇円

昭和五一年四月一六日から同月二六日まで家業を休業したことによる得べかりし利益の喪失による損害一五〇、〇〇〇円及び生野菜等商品廃棄による損害三〇〇、〇〇〇円の合計

(3) 葬式費用

五三八、二五〇円

(4) 慰謝料

四、〇〇〇、〇〇〇円

(5) 弁護士費用

八〇〇、〇〇〇円

本件訴訟の提起及びその追行を野村喜芳弁護士に委任したことによる同弁護士に対する報酬

(七) 原告は本件事故について自賠責保険金として保険会社から一〇、八七〇、〇〇〇円の支払を受けた。

(八) よつて、原告は被告に対し本件事故による損害賠償として前記(五)の損害二〇、九五六、〇三五円及び前記(六)の損害五、七九九、五〇〇円の合計二六、七五五、五三五円から前記(七)の受領額一〇、八七〇、〇〇〇円を控除した残額一五、八八五、五三五円及びこれに対する民雄の死亡の日の翌日たる昭和五一年一一月一七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する被告の答弁

(一)  請求の原因(一)の事実のうち被告が昭和五一年四月一四日午後六時四〇分頃加害車を運転し、山形県東根市大字東根丙七五番地先道路を東根市大字六田方面から村山市大字楯岡方面に向けて進行中、前記道路を歩行横断していた民雄に加害車を衝突させる本件事故を起したこと、本件事故によつて民雄が死亡したことは認め、その他の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実は知らない。

(四)  同(四)の事実は否認する。

(五)  同(五)の事実は否認する。

(六)  同(六)の事実は否認する。

(七)  同(七)の事実は認める。

(八)  同(八)の主張は争う。

3  被告の抗弁

(一)  本件事故現場は信号機のある丁字路交差点であるが、歩行者といえども道路を通行する以上交通法規に従つて歩行すべきであり、右交差点には横断歩道があるから横断歩道を信号にしたがつて歩行しなければならない。しかるに民雄は横断歩道の北方三ないし五メートルの地点を横断し、信号機が赤信号であるにもかかわらずこれを無視して道路の交通状況及び左右の安全の確認を全く怠つたまま道路を横断したという重大な過失がある。しかるに被告は本件事故当時は夕刻であり降雨中で薄暗い状況であつたところから、制限速度時速四〇キロメートルのところを三〇キロメートルか若しくはそれ以下の速度でしかも青信号に従つて前記丁字路交差点を通過して進行していたものである。信号機のある交差点においては車両はもちろん歩行者もその信号に従つて通行してくれるものと信頼するのが当然であり、速度違反等の明らかな過失がない限り過失は認められるべきではない。したがつて被告には本件事故について過失はなかつたものである。

(二)  仮に被告に過失があつたとしても、民雄には前記(一)のとおり赤信号を無視して道路の交通状況及び左右の安全の確認を怠つたまま横断歩道外を横断したという過失があり、その過失割合は八割とするのが相当である。したがつて原告の損害額を算定するに際して民雄の右過失を斟酌すべきである。

4  抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

三 証拠〔略〕

理由

一  被告が昭和五一年四月一四日午後六時四〇分頃加害車を運転し、山形県東根市大字東根丙七五番地先道路を東根市大字六田方面から村山市大字楯岡方面に向けて進行中、前記道路を歩行横断していた民雄に加害車を衝突させる本件事故を起したこと、本件事故によつて民雄が死亡したことは当事者間に争いがない。成立について争いのない甲第一ないし第三、第七、第九、第一〇、第二五、第四七、第五〇、第五三号証、証人斎藤隆雄及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故によつて民雄は脳挫傷、急性硬膜下血腫の傷害を受けて意識を喪失し、そのまま意識を回復することなく昭和五一年一一月一六日死亡したことが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

二  被告は本件事故当時加害車を自己のために運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがない。

三  ところで被告は本件事故については民雄に過失があり、被告には過失がなかつた旨主張するので、この点について検討する。

1  成立について争いのない甲第一ないし第一〇号証、乙第一、第二号証、証人駒沢マサ及び同斎藤隆雄の各証言、原告及び被告各本人尋問の結果、検証の結果並びに山形県警察本部交通部交通規制課長作成の調査嘱託回答書を総合すれば次の事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。

(一)  本件事故現場のある道路は南北に通ずる直線でアスフアルト舗装された車道幅員六・六メートルの県道であり、センターラインが設けられ最高速度時速四〇キロメートルの規制がされている。右県道には本件事故現場のすぐ南の地点において東方東根市大字三日町方面から来るほぼ右県道と同じ幅員のアスフアルト舗装道路が直角に交差して丁字路交差点をなしている。そして右丁字路交差点への三方からの入口には幅約三メートルの横断歩道がそれぞれ設置されており、三方からそれぞれ右交差点に進入する車両のための信号機が設置されているが、横断歩道の歩行者用の信号機は設置されていない。前記車両用の信号機の信号周期は南北側については青三〇秒、黄四秒、赤一八秒、東側については青一一秒、黄四秒赤三七秒である。

(二)  本件事故当時は夕方午後六時四〇分頃であり、小雨が降つていて道路は薄暗い状況であつたが、前記南北に通ずる県道西側端には前記丁字路交差点の北側にある横断歩道の位置に街路灯があり、その付近は明るくなつていた。被告は加害車を運転し前記県道の左側車線上の中央部分を南方から北方に向けて時速二六ないし三〇キロメートルで進行し前記丁字路交差点にさしかかつたものであるが、右交差点から三〇ないし六〇メートル手前の地点において進行方向の信号機が青信号であるのを認めたが、その後は右信号機の表示に注意することなく進行し、右交差点を通過し更に北側横断歩道を通過して約一・五メートルの地点に至つたとき、右県道を東方から西方へ向けて歩行横断中の民雄を二ないし二・五メートル先に初めて発見し、これを避けることができずそのまま加害車の右ハンドルを民雄に衝突させ、同人をその場に転倒させるとともに、加害車も転倒して被告もその場に投げ出された。被告は本件事故当時六三歳であり、老眼鏡をかけ、しかも当時降雨中であつたから雨合羽を着用し、プラスチツクの風防のついた加害車を運転していたものであり、雨のため右風防及び老眼鏡には水滴が付着し、前方の見通しは困難となる状態であつた。しかも降雨時の日没後であたりは薄暗く道路上の見通しはより困難であつた。しかるに被告は前記地点において前方の信号機が青信号であることを確認したのみで、減速することなくそのまま時速二六ないし三〇キロメートルの速度で進行して前記交差点に進入したが、進行する道路左側の状況に気をとられて前方及び右方の注視を欠いた状態で右交差点を通過し、自己の進路を右方から左方へ横断歩行していた民雄を同人から二ないし二・五メートル手前の地点に至るまで発見することができなかつた。

(三)  民雄は、本件事故当時前記県道の西側にある自宅から前記丁字路交差点の東方にあるごみすて場にごみをすてに行つた後、右県道を横断して自宅へ戻るところであつたが、右丁字路交差点の北側横断歩道の北側端部から約三ないし四メートル北方の地点において前記県道を東側から西側へ歩行横断を開始し、センターラインを越えて約一・五メートル進んだ地点に至つたときに左方から進行してきた被告運転の加害車と衝突した。民雄は当時六五歳であり足の関節の具合が悪く歩行がやや困難で通常人の二倍位の歩行時間を要し、秒速〇・五メートル位の歩行速度であつた。民雄は前記丁字路交差点の北側の横断歩道上ではなく前記のとおり右横断歩道から三ないし四メートル北側の地点を横断したものであるが、当時東側から右交差点に進入する車両の信号機を確認することなくまた左右の道路状況の安全を確認することなく前記横断を開始したものである。

(四)  被告の運転する加害車が前記丁字路交差点に進入する時点での南北側の信号機の表示としては青色、黄色及び赤色のそれぞれの場合が考えられるが、そのいずれであるかは明らかではない。また、民雄が前記(三)判示の横断を開始した時点における東側の信号機の表示については青色である可能性はやや小さいが、赤色、黄色及び青色のそれぞれの場合が考えられ、そのいずれの場合であるかは明らかでない。

2  前記1認定事実によれば、本件事故については民雄が信号機及び左右の道路状況の安全を確認しないで、しかも横断歩道から三ないし四メートルはなれた地点を横断したという過失があることが認められるが、被告についても本件事故当時降雨中の夕刻で薄暗くなつていた道路状況であり、雨の水滴が加害車の風防及び被告が着用していた老眼鏡に付着して前方の見通しの困難な状況であつたから加害車を減速するとともに前方を特に注視して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、減速することなく、しかも進路の左側に気をとられて進路前方の注視を欠いて進行したことが認められるから、本件事故について被告に過失がなかつたということができない。

四  したがつて、被告は加害車の運行供用者として本件事故によつて民雄の身体を傷害し、同人を死亡させたことによつて生じた損害を賠償する義務があるものというべきである。

五  本件事故によつて民雄に生じた損害について検討する。

1  (医療費)

成立について争いのない甲第一二ないし第二五号証、乙第四号証、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一一号証、原告及び被告各本人尋問の結果並びに東根市長作成の昭和五五年一一月一九日及び同年一二月二四日付各調査嘱託回答書によれば、民雄は本件事故による傷害の治療のため昭和五一年四月一四日から同人が死亡した同年一一月一六日まで山形県立中央病院に入院したこと、右入院期間中に同病院に支払うべき国民健康保険の適用ある治療費の総額は三、八七六、六八〇円であり、そのうち三、六〇〇、六八〇円は国民健康保険により東根市が負担し、残額二七六、〇〇〇円は民雄の負担であつたこと、民雄は前記入院期間中に国民健康保険の適用外の治療費として二五、九五〇円を支払つたことが認められる。したがつて、民雄の負担となつた医療費である右二七六、〇〇〇円及び二五、九五〇円の合計三〇一、九五〇円は本件事故による民雄の損害というべきである。

東根市長作成の昭和五五年一二月二四日付調査嘱託回答書、前顕乙第四号証並びに原告及び被告各本人尋問の結果によれば、国民健康保険により東根市の負担となつた民雄の治療費三、六〇〇、六八〇円のうち一、〇〇〇、〇〇〇円は昭和五二年二月八日日新火災海上保険株式会社によつて自賠責保険金から東根市に支払われていることが認められるところであり、原告は右一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて民雄の損害であると主張しているが、右一、〇〇〇、〇〇〇円は民雄若しくは原告の出捐になるものではないから民雄若しくは原告の損害ということができない。

2  (付添人費)

民雄は前記のとおり昭和五一年四月一四日から同年一一月一六日まで二一七日間山形県立中央病院に入院したが、その間意識不明であつて付添人を要する状態であつたから、前顕甲第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば民雄の入院期間中同人の妻が付添つたほか、民雄の孫で原告の娘が民雄の妻を補助するために一時的に付添をしたことが認められる。そして近親者付添人費として入院一日について二、五〇〇円とするのが相当であるから入院二一七日間として合計五四二、五〇〇円となる。前顕甲第一一号証、成立について争いのない甲第二六ないし第四〇号証、原告本人尋問の結果によれば、前記付添人が病院において付添中に使用する寝具代が入院期間二一七日間で合計一一、三九〇円であることが認められる。したがつて右五四二、五〇〇円と一一、三九〇円との合計五五三、八九〇円が民雄の損害というべきである。

3  (入院雑費)

民雄の入院中の雑費としては一日当り五〇〇円の割合とするのが相当であるから、入院二一七日として合計一〇八、五〇〇円となる。

4  (補給栄養食費)

前顕甲第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、意識不明である民雄の入院中同人の栄養補給のため果物ジユースを摂取させていたので、その果物ジユースの代金として五四、〇〇〇円を出捐したことが認められるから、右五四、〇〇〇円は民雄の損害というべきである。

5  (輸血のための献血者に対する礼金)

前顕甲第一一号証、甲第四二及び第四三号証のうちいずれも書込部分を除くその他の部分の成立は争いがなく、右書込部分は原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第四二及び第四三号証並びに原告本人尋問の結果によれば、民雄は前記入院中手術のため輸血が必要であり、その輸血用血液の献血者に対し謝礼の品を贈つたが、その品物の購入代金が一三、〇〇〇円であつたことが認められる。したがつて民雄は右同額の損害を受けたというべきである。

6  (入院中の通信費)

前顕甲第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、民雄の前記入院中関係者への連絡のための電話料金として約三〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。したがつて民雄は右同額の損害を受けたものというべきである。

7  (入院中の交通費)

前顕甲第一一ないし第二五号証、成立について争いのない同第四一号証及び原告本人尋問の結果によれば、民雄の前記入院中に二回手術を受け、家族が病院へ付添に出かけるために利用したタクシーの代金として七、二〇〇円を出捐したこと、民雄の入院中治療費の支払等のため家族が自宅と病院との間を一か月に二回以上往復したことが認められる。これによれば右七、二〇〇円を出捐したとき以外の家族の病院・自宅間の往復の交通費は合計五〇、四〇〇円と認めるのが相当である。したがつて右七、二〇〇円及び五〇、四〇〇円の合計五七、六〇〇円は民雄の本件事故による損害というべきである。

8  (事故相談等に対する礼金)

前顕甲第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が昭和五一年五月ころ民雄の被告に対する本件事故による損害賠償請求の処理に関し福島県在住の弁護士ではない知人に相談したが、そのための費用として約五〇、〇〇〇円を出捐したことが認められるが、この費用をもつて本件事故と相当因果関係のある民雄若しくは原告の損害ということができない。

9  (禁治産宣告申立費用)

前顕甲第一一号証、成立について争いのない甲第四六ないし第四九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は民雄の入院中同人を申立人として被告を相手方とする本件事故による損害賠償を求める民事調停を申立てたが、民雄が本件事故による受傷によつて心神喪失の常況にあつたことから、禁治産宣告を受けたうえ後見人を付する必要があり、そこで昭和五一年八月頃山形家庭裁判所村山出張所に同人についての禁治産宣告の申立をし、同裁判所は同年一〇月五日禁治産宣告の審判をしたこと、原告は右申立を野村喜芳弁護士に依頼してその報酬として三〇、〇〇〇円を支払い、右申立に証拠資料として添付する医師の診断書料金として五、〇〇〇円を支払い、また前記申立事件で必要な精神鑑定の鑑定料として二〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。右の費用の合計は五五、〇〇〇円となり、これを差し当り原告が負担したが、これは結局民雄のために出捐したものであるから本件事故と相当因果関係にある民雄の損害と認めるのが相当である。

10  (休業・死亡による逸失利益)

(一)  前顕甲第一一号証、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる同第五一号証、成立について争いのない乙第三号証の一ないし三、証人斎藤隆雄及び同奥山貞子の各証言、原告及び被告各本人尋問の結果並びに鑑定人鈴木庸夫の鑑定の結果によれば、民雄は本件事故当時六五歳の男子であつたが、高血圧症で定期的に医師の投薬を受け、軽度の動脈硬化症に罹患していたほかは格別の内科的疾患はなく、また、足の関節が悪いために歩行にやや困難を来して歩行に通常人の二倍程度の時間がかかる状態であつたこと、民雄は昭和四二年に東根市役所を退職し、その後は本件事故当時まで長男である原告方に同居し原告が自宅で営なむ食料品、青果物販売業を手伝つていたこと、右食料品、青果物販売業を原告が主たる経営者であるが、原告の妻が主に店番として店頭での販売を担当し、原告は商品の仕入、配達を分担し、民雄は商品の整理、陳列などの商品の管理及び伝票の整理などを担当しており、民雄の妻が炊事等の家事に従事するなど家族ぐるみで協力し合つて右営業を支えていたものであること、原告の営む右食料品、青果物販売業による純収入は年間少くとも四、五〇〇、〇〇〇円であることが認められる。

(二)  前記(一)認定事実によれば、民雄の右営業における寄与率を二〇パーセント、就労可能年数を本件事故時から六年とし、民雄の生活費は所得額の五〇パーセントと認めるのが相当である。これによつて本件事故当時の民雄の年間の所得額は九〇〇、〇〇〇円であるというべきである。

(三)  民雄が事故の日から死亡した昭和五一年一一月一六日まで二一七日間休業を余儀なくされたことによる逸失利益は、

900,000÷365×217=535,068(円)

五三五、〇六八円である。

(四)  民雄が死亡後に得べかりし利益を喪失したことによる損害額はホフマン式計算法による民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出すれば、

900,000×(1-0.5)×5.1336=2,310,120(円)

二、三一〇、一二〇円となる。

(五)  したがつて民雄の休業及び死亡による逸失利益の合計は二、八四五、一八八円となる。

11  (年金喪失額)

(一)  原本の存在及びその成立について争いのない甲第五四号証、成立についての争いのない同五五号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によれば、民雄は昭和四二年まで東根市の職員として勤務し、山形県市町村職員共済組合から地方公務員等共済組合法による年金として昭和五一年八月当時年額九〇三、〇〇〇円を、同年一一月当時年額九七九、四〇〇円を支給されていたところ、本件事故による死亡により右年金の受給権を喪失したこと、その代り昭和五一年一二月から民雄の妻斎藤スケに対し地方公務員等共済組合法による遺族年金として年額四八九、七〇〇円が支給されることになつたことが認められる。

(二)  民雄は本件事故によつて死亡しなければ本件事故時から一二年間生存することができたものと推認され、また前記(一)判示の民雄の年金額九七九、四〇〇円の三〇パーセントを同人の生活費の額とするのが相当である。そこで民雄が年金の受給権を失つたことによる損害額をホフマン式計算法に従つて民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出すれば、

979,400×(1-0.3)×9.2151=6,317,688(円)

六、三一七、六八八円となる。

(三) ところが、前記(一)判示のとおり民雄の死亡により民雄の妻斎藤スケが遺族年金として年額四八九、七〇〇円を受給することになり、前顕甲第五五号証の一ないし三によれば、斎藤スケは大正三年一月二四日生であり、本件事故当時六二歳であつてその当時の平均余命は一七年であると認められるから、右スケがその生存中に受給すべき遺族年金の額の合計は同じようにホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して現価を算定すれば、

489,700×12.0769=5,914,057(円)

五、九一四、〇五七円である

(四) 民雄は前記(二)のとおり年金の受給権を喪失してその喪失した年金額は六、三一七、六八八円であるが、この金額から前記(三)の民雄の死亡により支給される遺族年金の額五、九一四、〇五七円を控除した残額四〇三、六三一円が民雄の年金の受給権を喪失したことによる損害というべきである。

12 (慰謝料)

前記判示事実によれば、民雄は本件事故による傷害によつて意識を失つたままの状態で二一七日間山形県立中央病院に入院して治療を受けたが、結局意識を回復することなく昭和五一年一一月一六日死亡したものである。そこで本件事故による民雄の慰謝料の額は本件事故の原因、態様、事故後の状況等諸般の事情を考えあわせれば九、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

六  成立について争いのない甲第五三号証によれば、民雄の相続人は妻斎藤スケ、長男原告、長女高橋百合子、二女冨岡和子、二男斎藤隆雄、三女本田優子、三男斎藤通明、四男斎藤和明であるところ、原告を除くその他の相続人は相続放棄したので、原告が民雄の権利、義務を単独で相続したことが認められる。したがつて、原告は民雄の死亡により同人の前記五の損害賠償債権合計一三、四二二、七五九円を相続したものというべきである。

七  本件事故によつて原告に生じた損害について検討する。

1  (寝台車料金)

成立について争いがない甲第五〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は山形県立中央病院に入院中に死亡した民雄の遺体を自宅まで運送するための寝台車の料金として一一、二五〇円を支払つたことが認められる。右一一、二五〇円は原告が民雄の死亡によつて負担するに至つた葬儀費用としての性格を有するものであるから、本件事故と相当因果関係のある原告の損害というべきである。

2  (休業損害)

前顕甲第一一号証、原告本人尋問の結果及び前記五10判示事実によれば、原告は民雄が死亡したことによつてその葬儀のため昭和五一年一一月一六日から同月二六日まで家業の食料品、青果物販売業を休業するのやむなきに至り、また商品たる生鮮食品料を廃棄することを余儀なくされたこと、右休業期間中の収入を失つたことによる損害額は約一〇〇、〇〇〇円であること、廃棄した生鮮食料品の価額は三〇〇、〇〇〇円であることが認められる。これによれば、原告は合計四〇〇、〇〇〇円の損害を受けたことが認められるけれども、この原告の損害は、民雄の葬儀を施行することによつて生じたものであつて葬儀費用にも該らないものであるから本件事故と相当因果関係があるものということができない。

3  (葬式費用)

前顕甲第五一号証、成立について争いのない同第五二号証及び原告本人尋問の結果によれば原告は民雄の葬儀を施行して葬儀費用として合計五三八、二五〇円を出捐したことが認められる。右五三八、二五〇円は本件事故による原告の損害というべきである。

4  (慰謝料)

本件事故の原因、態様、事故後の状況等諸般の事情を考えあわせると本件事故による原告の慰謝料は四、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

八  そこで被告主張の過失相殺の抗弁について検討する。

前記三に判示した事実によれば、本件事故について民雄には信号機及び左右の道路状況を確認しないでしかも横断歩道から三ないし四メートルはなれた地点を横断した過失があると認められるから、この民雄の過失をこれまでに判示した事情のもとで原告の前記六の損害一三、四二二、七五九円及び前記七の損害合計四、五四九、五〇〇円の合計一七、九七二、二五九円について斟酌すれば一二、五八〇、五八一円をもつて被告の責を負うべき損害額と定める。

九  原告が本件事故について自賠責保険金として保険会社から一〇、八七〇、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。そこで右一〇、八七〇、〇〇〇円を前記八の損害額一二、五八〇、五八一円から控除すれば残額は一、七一〇、五八一円となる。

一〇  原告が被告に対し本件事故による損害賠償を求める本訴の提起及びその追行を野村喜芳弁護士に依頼したことは当裁判所に顕著であり、弁論の全趣旨によれば原告は同弁護士に対し報酬として八〇〇、〇〇〇円を支払う債務を負担したことが推認される。そして本件事案の難易、請求額、認容額など諸般の事情を考え合わせれば、原告が同弁護士に対して負担した報酬債務額のうち一七〇、〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある原告の損害と認めるのが相当である。

一一  以上判示したところによれば、被告は加害車の運行供用者として原告に対し本件事故による損害賠償として前記九及び一〇の損害額の合計一、八八〇、五八一円及びこれに対する昭和五一年一一月一七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

一二  よつて、原告の本訴請求は前記一一判示の金員の支払を求める限度で正当として認容し、その他を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条本文、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下澤悦夫)

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